銀の風

一章・新たなる危機の幕開け
―15話・金の力が状況反転?―



この状況に、いつまで置かれるのだろう。
そんなことが頭を掠め始めたが、幸いそんな心配は要らなかった。
「ここに居たか。やれやれ、無様な姿だな。」
先ほどの少年が、近くの建物の上に現れたからだ。
『げっ。』
魔法でも使ったのだろう、予想より遥かに早く遭遇してしまった。
「ち、ミドガル!!」
リトラの鋭い声に、いち早く反応する。
少年が立っている建物が突然崩れ、ガラガラと音を立てて崩落した。
が、それを少年は跳躍してかわす。
崩落した建物の下からは、ミドガルズオルムの尾が現れた。
流石は大蛇、なんという力だろう。
その隙に、リトラはエーテルでMPを補給していた。
常駐させるためには、16もMPを消費してしまうからだ。
「逃しましたか……。」
さして慌てもしない彼に、周囲の魔道士たちはただおののき、立ち尽くすばかりだった。
だが、気丈なものが長老達のいる神殿へかけていこうとする。
「邪魔すんじゃねぇよ……。
―意識の底に潜みし、自我を喰らう狂気。
汝、抗いがたし闘志に惑い、狂えし旋律を奏でん。インサニティー!」
神殿へ向かおうとした魔道士の体から、真っ赤な獣のような亡霊状の気体が立ち上る。
次の瞬間、その魔道士は心配して駆け寄った仲間の白魔道士にサンダラを放った。
突然の仲間の変貌に戸惑うほかの者達にも、容赦なく魔法の洗礼が降りかかる。
瞬く間に、この場は地獄絵図と化した。
一行はただ、呆然と眺める他無い。
「ひゃ〜……。」
顔面蒼白でそう言ったきり、フィアスは言葉を失った。
「げぇぇ……ちょっとリトラ、さっさとケリつけないとまずくない?」
深々と他のメンバーもうなづいた。
町や一般人への被害がどうこうなんて事は、頭にない。
あれを喰らったらただではすまない。それだけが頭を占めている。
「とりあえず……あっち行くぞ!」
その言葉を合図に、全員同じ方向に駆け去る。
入り込んだのは、大通りにぶつかる少し細い通りの一つ。
「また逃げるかお前らは……」
呆れたように少年が呟く。
その顔は、退屈そうに見えた。
「リトラはん、とにかく人が居ない方に行くんやで!」
ともかく、心置きなく戦える広い場所へ。
そこで、体勢を整えなければ。
「リュフタ〜、後ろですごい音しない??」
ちらちらとフィアスが後ろを振り返る。
確かに、ものすごい音が走り始めてから響いていた。
「も、申し訳ありません。何分、私が這うのにはこの路地は狭くて……。」
ミドガルズオルムが、石畳や建物を破壊する音だった。
町の人間が、悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「……・。」
これでは幻獣ではなく、凶悪な魔物のようだ。
思わず、背後の悲惨な光景に全員目が釘付けになった。
各々、あっけに取られる。
「リトラ、こいつ引っ込めたら?」
その方が、よほど逃げやすい気がする。
このままでは、混乱が増すだけ。
当の本人も、それは重々承知している。
しかし、主人の命なしには帰れないため、まだこうして留まっているのだ。
「ミドガル……帰れ。」
リトラのぼやき半分の声をしっかり聞き遂げ、
ミドガルズオルムは大地の生じた空間の裂け目に消えた。

空から放たれる少年のブレスの間を縫って、
ようやく迎撃に十分な広さを持った町のはずれにたどり着く。
少年がやってくる方向に向き直る。
「やれやれ、やっと殺される覚悟を決めたか?」
嘲笑う声と瞳。
だが、それにひときわ鋭い視線をぶつける。
「け、誰が!おいアルテマ、今度はお前がメインで頼むぜ!」
常駐時間が多少長かったためか、まだそれほど上限は高くないリトラのMPはもう残り少ない。
竜相手にどこまで聞くかはわからないが、斧と地形をメインに戦う他ないのだ。
フィアスは、先ほど馬鹿にされたのがよほど悔しかったのだろう、
ナッシアの詠唱を即座に開始した。
だが、非力な彼の力では打撃が期待できない相手。
それは実に賢明な判断といえよう。
「はぁっ!!」
まだ、先ほど掛けた魔法剣の威力は健在だ。
女子とは思えない力強い剣さばきに、少年は面白そうに笑った。
「へぇ、案外やるんだな。『チョコボの上で』無ければ。」
気障りな笑い方に、アルテマの眉が片方つりあがる。
「うっさいな、男のくせに魔道士やってる奴に言われたかないよ!」
それを言うなら、召喚士のリトラはどうなるのだろう。
だが、そんな事を言っている場合ではない。
「アルテマちゃん、そいつを甘く見たらあかん!
さっきの魔法は間違いないで!そいつはたぶん……妖術師や!」
リュフタの顔には、焦りの色が浮かんでいた。
『妖術師?』
リトラとアルテマは、その言葉に怪訝そうな顔を見せる。
リュフタが、神妙な面持ちでうなづいた。
「生き物の心を操ったり、狂わせたり、あるいは呪いをかけたりする魔法・妖術を使うんや。
精神系に作用する魔法を使うから、ある意味黒魔道士よりよっぽどえぐいで!」
そう。妖術の使い手、妖術師はとても恐ろしい。
戦闘に参加することは稀だが、決して侮ってはいけない力を持っている。
肉体に直接作用するものは稀だが、精神に作用し、じわじわと内部から痛めつけることが出来る。
五英雄が一人、カインを洗脳したような術もあるのだ。
そのほとんどが、本能的な恐怖を抱かせる幻影を見せたり、
過去の癒えない傷をえぐり再現するというえげつないものばかりだ。
また、同じ精神ということからか、記憶なども操れるという。
そのような術の使い手たちは、術の特性同様、冷酷で残忍なものが多い。
「え……そんなに怖いの?!」
少年としのぎを削るアルテマの顔が、思わず引きつった。
覗き込んだその瞳には、暖かい感情が宿った事はないかのようだった。
全てを見下したかのような、冷たい色を帯びた瞳。
ともすれば、気圧されそうだ。
だが、剣士としての誇りが、彼女を奮い立たせる。
「ケケケ……お前、隙だらけだな。」
ツインランサーでアルテマの剣を弾きながら、少年が口の端を吊り上げて笑った。
「っつぅ!!」
無意識のうちに焦りが生じたか。
ただ一瞬のことで、槍でミスリルソードを弾かれる。
一回で止めを刺そうとした少年の槍が、アルテマに迫る。
彼女は、その動きを見据えた。
「――ナッシア!!」
だが間一髪、フィアスの古魔法がルージュの肩口に当たる。
利き手とは反対のようだったが、それでも十分な威力は与えられたようだ。
だが、それでも彼の表情は涼しげだった。
「お前……正式に魔法習ったこと無いだろ?
どうりで、集中してこの程度なわけだ。」
その言葉に、フィアスは顔を真っ赤にして歯を食いしばった。
どうやら、図星だったらしい。
「む〜〜〜!!」
わかってても相当頭に来たのか、ぴきぴきと血管が頭に浮かぶ。
「そんなら、うちの魔法はどうや?!」
温かみを帯びた白い光の矢が、少年の右脇腹を掠めた。
ジュッという焼けるような音を立て、
魔法があたった部分が黒っぽく変色し、ただれたようになる。
「くそ……いつの間に。」
苦々しげに、少年が呟いた。
パープルドラゴンは闇属性をその身に持つ。故に、反属性である光は苦手である。
「降参せいよ。」
反属性で傷つけられると、治りが悪い。
それは、少年も知っていることだった。
「ち……まあ、死んだら何にもならんからな。」
そういう割には、妙にすっきりした表情だった。
「どうするの?」
フィアスがリュフタにたずねる。
が、リュフタは黙っておけといわんばかりにフィアスの口を前足で塞いだ。
「まあ……これで依頼は失敗か。
勝ったお前らが、俺をどうするかさっさと決めろ。
どちらにしろ、さっさと決めてくれ。こっちも色々あるからな。」
少年は肩をすくめて見せる。
と、リトラがいきなり腰のバッグから財布と手帳を取り出した。
「なあお前、雇われたんだろ?」
少年が、答える代わりにうなづいた。
それを聞いて、リトラが少し考えるそぶりを見せる。
「いくらなら雇われる?ただし、パーティメンバーとしてだぜ。」
その言葉に、リトラを除いた全員が驚いた。
「リトラはん、正気か〜〜?!」
あわあわとふためくリュフタ。確かに、正気の沙汰ではないかもしれない。
少年だけは、すぐ冷静さを取り戻したが。
「命を狙いに来た刺客を買収する奴なんて、そうは居ないぞ……。まあいい。
俺は、雇い主から前金15000、後金で20000もらう予定だった。
お前の側につくにしろつかないにしろ、こっちにも危険が及ぶ。
前後に払うにしろ、一括にしろ、最低50000ギルはもらうぜ。」
そういった後、少年は短い詠唱を唱えて傷を癒す。
聞きなれない詠唱だから、恐らく白魔法ではないと思われる。
「50000かぁ……」
リトラが手帳で計算を始めた。
以前、装備を買い換えたときの残りである支度金と予備費9200ギルに、
道中様々な事をして稼いだ追加の予備費2100ギル。
さらに、生活費が780ギル少々。全く足りない。
「……・ι」
ひきつったひょうじょうになったリトラを、フィアスが心配そうに覗き込む。
それを遠巻きに見るアルテマは、浅いため息をついた。
大口を叩くなら、それなりの地盤くらい固めておいて欲しいものだ。
「何か、売れるもんねぇかな……?」
ごそごそと、腰のバッグを漁り始める。
ポイポイ放り出されるアイテムが、徐々に散らかり山となしていく。
「毎度毎度……だからあんたのバッグは一体なんなわけ?!」
買い込んだ食糧、集めた山の幸、魔物を倒して得た戦利品を収納したり。
いつの間にか溜まりに溜まったアイテムの山は、すでに1m以上もの高さになっていた。
が、それでもまだどんどんバッグから出されたものが飛んでくる。
ガラクタ同然のもの、出所が不明なもの、得体の知れないもの。
衣類、食料、古くなった武具等々、とにかく種類を問わない。
「あ、見て見て!ほら、このキャメットパイ。これ、けっこう前のじゃない?」
紙に包まれた、甘い匂いを放つキャメットのパイ。
まるで作った当日のように、ほのかに暖かい。
よく膨らんだ狐色のパイ皮から覗く、艶やかなキャメットの実がおいしそうだ。
が、これは何と二週間も前のものだったりする。
〔こ、こわっ……!!〕
危なすぎる。
そんな周りのメンバー達の心の声など露知らず、リトラはまだバッグを漁り続けていた。
「お、あったあった。おい、これじゃだめか?」
ようやく終わりを告げたバッグ漁りの果てに出てきたのは、
漆黒の薄く小さな金属板に木の枠が取り付けられたお守りのようなものだった。
見た目には、何の価値もなさそうである。
「お、こいつは上等なもんじゃねえか。
まぁ、これで前金って事でいいぜ。」
上機嫌で、少年はそれを受け取った。
それのどこがそんなにいいのか、アルテマやフィアスは不思議で仕方がない。
「ねえ、それって何なわけ?」
まだ信用できない相手だが、思わずアルテマはそう尋ねた。
と、少年はそちらを向く。
「これは、サタニムプレートっていう物だ。
悪魔を呼び出すアイテムの中でも上級のものでな、俺みたいな裏社会の魔道士達の憧れの品だ。
何せ、滅多に手に入るもんじゃねえ。」
裏ルートというものは、大概の曰くつきの物が出回っているが、
そんな場所でもこのアイテムは滅多に売られていない。
材料が、人界で取れないものだからだ。
「何で出来てるの?」
物珍しげに、フィアスが見ている。
今度は、少年ではなくリュフタが反応した。
「サタニムって言う香りがする木と、ダスクシンっちゅー金属でできてるんや。
どっちも、悪魔界にしかない物やで。」
それを聞いて、納得したようにフィアスがうなづいた。
「おっと、まだ名乗ってなかったな。
俺はルージュ=シャカナーノ。裏通りじゃ、名の知れた妖術士だ。」
裏で有名というが、ルージュの名は一行は聞いたことがない。
表に出てこない、本当の裏の者という事なのだろう。
「俺らも名乗った方がいいか?」
そう尋ねると、ルージュは首を横に振った。
依頼主から、一通り聞いてあったのであろう。
「ならいいか。ところで、聞きたいんだけどよ……。
銀の長い髪をポニーテールにした若い男しらねえか?
魔道士みたいなかっこしてんだけどよ。」
依頼主とやらから、何か情報を得ているかもしれない。
「いや、見てない。だが、レア物よこした礼だ。いい店あるからついてきな。」
ルージュが手招きをして一行を誘う。
「え、どこ行くのさ?」
アルテマが問うが、彼は「ついてくればわかる」と言うだけだ。
一体、どんな店に連れて行くのだろうか。
まだあまり得体の知れない彼の後を、半信半疑で一行はついていった。



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前回よりは早く仕上がりました。
気が乗るとかなり進むものですね……。さらに、次回からは新章です。
区切りが良いので……。
余談ですが、これを書いている間に、都合で引っぱい出した過去の話を一部加筆修正していたり。